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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2576号 判決 1993年1月29日

原告

デザート・パレス・インク

右代表者代表取締役

ハリー・ウォルド

右訴訟代理人弁護士

松田武

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

小貫芳信

外六名

主文

1  被告は、原告に対し、一億九〇四〇万六八〇六円及びこれに対する昭和五二年三月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

ただし、被告において、二〇〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決及び仮執行宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決(仮執行宣言付の原告勝訴の判決がされる場合には仮執行免脱の宣言)

を求める。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告の業務とジャンケット

原告は、米国ネヴァダ州法に基づいて設立された会社であって、同州ラス・ヴェガス市においてシーザース・パレス・ホテルを所有して経営し、その営業の一部として、同州から公認賭博場開設の免許を受け、同州賭博管理局の管理の下に同ホテル内のカジノでトランプ、ルーレットなどを使用した各種の賭博(ゲーム)を主宰しているものである。

ネヴァダ州においては、州法並びにネヴァダ州賭博委員会及び賭博管理局の規則によって、賭博免許保持者が旅費、食費、宿泊費の全部又は主要部分を免許保持者の負担において州外の個人客を招待して施設に宿泊させ、信用によって賭博をさせて、これによって生じた債権(賭金債権)を州外で回収することが法律上も認められており、これは「ジャンケット(junkets)」(大名旅行)と呼称されている。

また、前記規則は、免許保持者以外の者で州賭博管理局に登録した者は、ジャンケットの企画・実行、賭金債権の回収等の業務に責任を持ち、その全部又は一部の業務を州外で直接的又は間接的に行うことができるものとしており、右責任者は「ジャンケット代表者(junkets representative)」と呼称されている。

2  日本人客によるジャンケットと賭金債権の回収

(一) 原告の当時の代表者であったウィリアム・S・ワインバーガーは、日本人客によるジャンケットを行うことを計画して、昭和四九年三月頃、かねて親交のあった日本在住の訴外奥田喜久丸(以下「訴外奥田」という。)に対して、ジャンケット代表者に就任して、日本国内から客を募ってジャンケットを企画、実行し、また、賭金債務を残して帰国した日本人客から日本国内においてこれを円貨で回収して、回収金を一時保管することを引き受けるように申し入れたところ、訴外奥田は、これを承諾して、州賭博管理局にジャンケット代表者として登録した。

(二) さらに、原告は、昭和四九年四月頃、ニューヨーク及び東京に事務所を持つ弁護士ジョージ・山岡(以下「訴外山岡」という。)及び東京に事務所を持つ弁護士吉本英雄(以下「訴外吉本」という。)に対して、日本国内におけるジャンケットによる賭金債権の回収金を米国へ送金することが法律上許されるかなどについて意見を求めたところ、訴外山岡及び同吉本は、賭金債権の回収金を米国に送金することについて外国為替及び外国貿易管理法(昭和五四年法律第六五号による改正前のもの。以下「外為法」という。)及び同法の下における外国為替管理令(以下「外為令」という。)の定める許可を得ることは困難であるが、回収金を日本国内において運用することは可能であるとした。

そこで、原告は、我が国において回収金で国債又は株式を購入し又はその運用に当たる原告の子会社を設立するなどの回収金の運用方法等を検討することとしたが、それが具体化するまでの間、訴外吉本に特定の銀行口座を開設させて、回収金を右口座に預金して保管させることとし、訴外吉本単独又は同山岡及び同吉本の両名との間において、訴外奥田が日本国内で賭客から集金した金銭を原告の代理人として受領し、他の金銭と分別してこれを右口座に預け入れて保管することを内容とする契約を締結した。

また、原告は、これに応じて、訴外奥田との間において、以後は賭客から集金した金銭を訴外吉本に交付すべきこと、右交付までは一時他の金銭と分別して銀行に預け入れるなどして保管すべきことを改めて合意した。

(三) このようにして、訴外奥田らは、昭和五〇年四月頃までの間、知己、友人等に勧誘し又はそれらから申込みを受けて、多数回にわたって日本人客によるジャンケットを実施し、原告は、これに参加した日本人客で賭金に不足した者に対して、帰国後に日本で円貨によって返済してもよいとの条件で、その経営するホテルのカジノにおいてマーカーに署名させて一定限度内で希望する額のチップ(賭札)を交付し、これによって信用で賭博をさせた。

訴外奥田は、原告から送付されたマーカーに基づいて、日本人客からその帰国後に日本国内において賭金債権の回収として現金等で集金し、これを一時銀行口座に預け入れたり、訴外吉本に交付するなどし、また、訴外吉本は、株式会社東京銀行新橋支店に「トラスト・アカウント・オブ・ヤマオカ・アンド・ヨシモト・オフィス代表者吉本英雄」名義の普通預金口座を開設し、訴外奥田らが持参した回収金や日本人客が賭金債務の弁済として直接持参した金銭を受領して、これを右預金口座に預け入れていた。

(四) 訴外奥田は、昭和五〇年三月頃限りで右の業務を止めることにしたが、これに伴って、訴外米内山忠雄(以下「訴外米内山」という。)又は同人が設立した訴外株式会社ユニバーサル・クリエーションズ(以下「訴外ユニバーサル」という。)は、訴外奥田の業務を引き継ぐこととし、同年四月一八日頃、原告との間において、訴外奥田との間におけるのと同一内容の合意をしたうえで、訴外奥田のしていたのと同様に、日本人客からその帰国後に日本国内において賭金債権の回収として現金、トラベラーズ・チェック等で支払いを受け、右現金を株式会社第一勧業銀行麻布支店の訴外ユニバーサル名義の定期預金口座など種々の口座に預け入れたり、訴外吉本に交付するなどしていた。

(五) ところが、訴外奥田は、昭和五〇年六月二〇日、日本人客からの集金に際して恐喝又は恐喝未遂を行ったこと及び日本人客から賭金債権の回収をしたことが許可を受けないで非居住者に対する支払いを受領したものとして外為法違反に当たることの容疑によって、その下で集金業務に当たっていた者らとともに逮捕され、また、訴外吉本及び同米内山も、右と同様の外為法違反の容疑で検挙されるに至った。

そこで、原告は、同年七月一日頃、訴外吉本、同奥田及び同米内山又は同ユニバーサルに対して、いずれも電報又は電話により、原告との間の前記の契約を解約する旨の意思表示をし、それぞれの保管にかかる金銭を原告に引き渡すように求めるなどした。

3  賭金債権の回収金の押収と国庫帰属

(一) 訴外吉本、同奥田及び同米内山は、前記の各被疑事件の捜査過程において、その捜査に当たった東京地方検察庁検察官(以下「検察官」という。)の求めに応じて、訴外吉本においては、昭和五一年一月二八日に回収金を預け入れてあった銀行口座から払戻しを受けてこれを額面合計八八二五万七四九六円の小切手五通にし、これを検察官に証拠品として任意提出し、訴外奥田においては、昭和五〇年一一月二八日に同様に回収金の払戻しを受けて額面合計四三三万七三二二円の小切手二通にして、これを検察官に証拠品として任意提出し、また、昭和五一年一一月一三日に同様に回収金の払戻しを受けて現金五九五六万五〇四五円(訴外奥田は、もともと右現金五九五六万五〇四五円にかかる定期預金証書を任意提出していたが、右同日に定期預金証書の還付を受けて、預金の払戻しを受けたもの。)とし、これを検察官に任意提出し、また、訴外米内山においては、同様に回収金の払戻しを受けて額面合計三八〇三万〇四七八円の小切手一四通にし、昭和五〇年一二月九日に右小切手及び賭客から賭金債務の弁済として交付を受けた額面合計七五〇ドルのトラベラーズ・チェック一五枚を検察官に任意提出し、検察官は、これらを領置した(右任意提出及び領置にかかるこれらの小切手等を以下「本件小切手等」という。)。

そして、訴外吉本、同奥田及び同米内山は、本件小切手等の任意提出に際して、検察官の求めに応じて、所有権放棄書を提出し、あるいは、任意提出書に「私はいりません。」との記載をするなどした。

(二) 訴外吉本、同奥田、同米内山及びその他の者らは、その後、恐喝、同未遂又は外為法違反の罪で起訴(訴外米内山については略式起訴)され、東京地方裁判所は、訴外吉本について昭和五一年九月一六日に、訴外奥田等について同年七月三〇日にそれぞれ有罪判決を言い渡し、また、東京簡易裁判所は、訴外米内山について同年二月一三日に略式命令を発し、これらの裁判は昭和五二年一〇月三一日頃までにはすべてそのまま確定したが、これらの裁判においては、没収、追徴等の附加刑の求刑は行われなかったし、その言渡しもされなかった。

(三) 検察官は、昭和五一年三月四日、本件小切手等のうち訴外奥田が同年一一月一三日に任意提出した現金五九五六万五〇四五円を除くその余の各押収品について、還付不能として刑事訴訟法四九九条の規定に基づいて官報により押収物還付公告を行った。

原告は、還付公告期間中である昭和五一年三月一二日、同年八月一六日及び同年九月二日の三回にわたって、検察官に対して、本件小切手等(ただし、本件小切手等のうち訴外奥田が同年一一月一三日に任意提出した現金五九五六万五〇四五円については、その払戻前の定期預金証書)は原告の所有に属するものであるとして、その還付ないし返還を求めたが、検察官は、同年四月一四日及び同年一〇月二七日、原告には還付を受けるべき正当な資格を欠くなどして、これに応じなかった。

そこで、原告は、昭和五一年一二月二七日、検察官の還付請求拒否の処分に対して準抗告を申し立て、これを棄却した東京地方裁判所の決定に対して特別抗告の申立てをしたが、最高裁判所は、昭和五四年一二月一二日、原告の特別抗告の申立てを棄却する決定をした。

そして、検察官は、この間の昭和五一年八月頃以降、本件小切手等のうち小切手及びトラベラーズ・チェックを換金して、これについて同年一二月二七日に歳入編入処分をし、また、訴外奥田が同年一一月一三日に任意提出した現金五九五六万五〇四五円については昭和五二年三月一一日に歳入編入処分をした(これらの歳入編入額合計一億九〇四〇万六八〇六円)。

4  被告の不当利得責任及び国家賠償責任

(一) 原告と日本人客との間の前記のような賭金債務についての契約の準拠法については、当事者間において明示の指定はされなかったけれども、その契約内容がネヴァダ州法並びにネヴァダ州賭博委員会及び賭博管理局の規則の規制の下にある賭博に関する契約であること及び契約の締結地がラス・ヴェガスであることなどに鑑みると、これをネヴァダ州法であるものとすることが当事者の意思に最もよく適合するものというべきであり、ネヴァダ州法に従えば、右契約は有効に成立し、原告は日本人客に対して賭金債権を取得したものである。

そして、訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルが日本人客から原告に対する賭金債務の弁済として支払いを受けた現金又はトラベラーズ・チェック、右現金を預け入れたことによる預金債権、右預金を払い戻して振出を受けた小切手は、いずれも同人らが賭金債権の回収及び保管についての原告との間の前記のような内容の委任契約に基づいて原告のために回収して保管していたものであり、本件小切手等は、いずれも原告の所有に属するものである。また、仮に同人らと原告との法律関係が信託関係であるとしても、原告は、前記のとおり、昭和五〇年七月一日頃、訴外吉本、同奥田及び同米内山又は同ユニバーサルに対して、原告との間の契約を解約する旨の意思表示をしたのであるから、同人らの保管していた現金、トラベラーズ・チェック又は預金債権は、いずれもその時点において原告に帰属するに至ったものであって、本件小切手等は、いずれにしても、原告の所有に属していたものである。

そして、訴外吉本、同奥田及び同米内山が本件小切手等を検察官に任意提出するに際して所有権放棄書を提出し又は任意提出書に「私はいりません。」との記載をしたのは、本件小切手等の自らへの還付請求権を放棄する趣旨ないし意味を持つに過ぎないものと解すべきであって、いずれにしても原告がこれによって本件小切手等の所有権を失うことになることはないものというべきである(仮に訴外吉本、同奥田及び同米内山がした右の所有権放棄書の提出又は任意提出書への前記の記載が本件小切手等の所有権放棄の意思表示であるとしても、右意思表示は、原告が本件小切手等について所有権を有しないとする検察官の説明や強迫等によってなされたものであって、錯誤等に基づくものとして、無効である。)。

したがって、被告は、法律上の原因なくして本件小切手等についての訴外吉本、同奥田及び同米内山がした所有権放棄書等の提出、押収物の還付公告、小切手及びトラベラーズ・チェックの換金、歳入編入処分等の一連の手続によって本件小切手等又はその換金したものの合計一億九〇四〇万六八〇六円を利得し、原告は、これによって右同額の損失を被ったものであって、被告は、悪意の受益者として、右不当利得一億九〇四〇万六八〇六円を原告に返還するとともに、これに対する最後の歳入編入処分をした日である昭和五二年三月一一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による利息を支払う義務がある。

(二) また、検察官は、本件小切手等が原告の所有に属するものであることを知りながら、訴外吉本、同奥田及び同米内山に強いて所有権放棄書等を提出させ、原告において還付公告期間中に本件小切手等の還付ないし返還を求めたにもかかわらず、違法にこれを拒否して、小切手及びトラベラーズ・チェックを換金するなどして歳入編入処分をして、本件小切手等についての原告の所有権又は原告が訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルに対して有していた引渡請求権を侵害して、原告に一億九〇四〇万六八〇六円の損害を与えたのであるから、被告は、国家賠償法一条一項の規定に基づいて、原告に対して、損害賠償金一億九〇四〇万六八〇六円及びこれに対する検察官の不法行為の日の後の昭和五二年三月一一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

5  結論

よって、原告は、不当利得による返還請求権又は国家賠償法一条一項の規定による損害賠償請求権に基づき、被告に対して、一億九〇四〇万六八〇六円の不当利得金又は損害賠償金及びこれに対する昭和五二年三月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による利息又は遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1(原告の業務とジャンケット)の事実中、原告が米国ネヴァダ州法に基づいて設立された会社であって、その業務内容が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(日本人客によるジャンケットと賭金債権の回収)の事実中、原告が日本人客によるジャンケットを行うことを計画して、訴外奥田にその協力を求め、訴外奥田からその承諾を得たこと、訴外奥田らが昭和五〇年四月頃までの間、知己、友人等に勧誘して、多数回にわたって日本人客によるジャンケットを実施したこと、原告が日本人のジャンケット客に対して帰国後に日本で円貨によって返済してもよいとの条件で原告主張のような方法によって信用で賭博をさせたこと、訴外奥田、同吉本、同米内山及び同ユニバーサルがジャンケットに参加した日本人客からその帰国後に日本国内において賭金債権の回収として現金等で集金し、これを保管し又は預金するなどしていたこと、訴外奥田、同吉本及び同米内山らが原告主張のような容疑によって検挙されたことの各事実は認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3(賭金債権の回収金の押収と国庫帰属)の事実は、認める。

4  同4(被告の不当利得責任及び国家賠償責任)の主張は、争う。

金銭は、特別の場合を除いて、物としての個性を持たず、単なる価値そのものと考えるべきであって、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権者は、特段の事情がない限り、その占有者と一致するものと解すべきであり、金銭を現実に支配して占有する者は、それをいかなる理由によって取得したか、その占有を正当とする権利を有するか否かにかかわりなく、価値の帰属者すなわち金銭の所有者であると解するのが相当である。これを本件についてみると、訴外奥田、同吉本、同米内山又は同ユニバーサルがそれぞれ賭金債権の回収として賭客から支払いを受けた金銭又はトラベラーズ・チェックの所有権は、その時点においてはいずれもその各回収者に帰属したうえ、それぞれ占有の移転に伴って移転し、あるいは、預金債権又は小切手に化体していたものであって、本件小切手等は、その各任意提出時においては、いずれも各提出者の所有に属していたものである。

さらに、原告、訴外奥田、同吉本、同米内山及び同ユニバーサルは、当時、日本国内において賭客から賭金債務を回収しても、当時の我が国の為替管理制度上、回収金を非居住者である原告に送金することが不可能又は困難であることを十分認識していたものであって、回収金は日本国内において運用することが予定されていたものであり、また、訴外奥田、同吉本、同米内山及び同ユニバーサルが回収した金銭をどの預金口座に預け入れるかはそれぞれの自由に任されていて、原告はこれらの預金に対して一切の支配性を有していなかったのであるから、原告と訴外奥田、同吉本、同米内山及び同ユニバーサルとの間における回収金の保管に関する契約関係は消費寄託関係であったものと解するのが相当であり、したがって、前記のような回収金、ドラベラーズ・チェック、預金債権又は小切手の所有権は、いずれも原告に帰属していたものではなく、訴外奥田、同吉本、同米内山及び同ユニバーサルに帰属していたものであって、この点からも、本件小切手等がその各任意提出時においていずれも各提出者の所有に属していたものであることは明らかである。

そして、本件小切手等は、訴外奥田、同吉本又は同米内山がした所有権放棄の意思表示によって無主物となり、検察官は、被告のためその所有権を帰属させる意思をもって本件小切手等の占有を開始したのであるから、これによって本件小切手等は正当に国庫に帰属したものである。

三  被告の抗弁

1  本件各契約についての準拠法

原告及び訴外奥田によって計画され実施された日本人客によるジャンケットは、先ず、訴外奥田が、原告の代理人として、日本人客との間において、原告の経営するホテルのカジノで賭博をすることを条件に、ラス・ヴェガスまでの航空運賃、ホテルの宿泊費、食費等は原告が負担すること、日本人客は信用によって賭博をすることができ、これによって負担することになった賭金債務の弁済は帰国後に日本において円貨による支払いをもってすることができることを内容とする賭博ツアー契約ともいうべき契約を日本国内において締結し、原告は、この契約の履行として、原告の経営するホテルのカジノにおいて、日本人客に対して、マーカーに署名させてゲーム用チップを交付して信用で賭博をさせるものであって、日本人客は、この賭博ツアー契約とは別個に独立して現地において原告から金銭を借り受けるというものではなく、少なくとも日本国内において予め賭金の貸付予約をしているものというべきである。

また、原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の日本国内における賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる契約は、右のような賭博ツアー契約に包含されるか、それと切り離すことのできない密接不可分の関係にあるものである。

そして、以上のような契約の内容・性質、契約の当事者、契約の行為地等の事情に照らすと、準拠法について当事者の明示の指定のない本件においては、原告と日本人客との間の右のような賭博ツアー契約又はそれに包含され若しくはそれと密接不可分の関係にある賭金貸付契約及び原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の日本国内における賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる契約についての準拠法は、契約の締結地、日本人客の居住地、賭金債務の履行地、契約の履行地等の法である日本法であるものとすることが当事者の意思に最もよく適合するものというべきである。

2  本件各契約の公序良俗違反による無効

原告は、ラス・ヴェガスで行われている賭博が我が国において行われれば犯罪を構成するものであることを熟知したうえで、原告の経営するホテルのカジノで賭博をすることを条件に、日本人客をラス・ヴェガスに無料招待し、我が国の外為法の規制を潜脱するために、資金を持ち出さなくとも信用によって賭博ができるものとし、これによって生じた債務は帰国後に日本国内において円貨で支払えばよいものとすることを目的として、日本人客との間において前記のような賭博ツアー契約又はそれに包含され若しくはそれと密接不可分の関係にある賭金貸付契約を締結したものであって、日本法の下においてこのような契約が公序良俗に違反して無効であることは明らかである。

また、原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の日本国内における賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる契約は、賭金債権の回収を目的とするものである点において明らかに公序良俗に反するものであるほか、外為法の規制を潜脱することを目的とし、外為令一一条所定の許可を得られる可能性のなかった当時の状況下においては、賭金債権の回収という履行行為自体が外為法違反とならざるを得ないものであって、強行法規である外為法に違背し、無効である。

3  公序条項の適用によるネヴァダ州法の適用の排除

仮に賭博ツアー契約又はそれに包含され若しくはそれと密接不可分の関係にある賭金貸付契約及び賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる契約についての準拠法がネヴァダ州法であると解されるとしても、カジノの経営者が賭博をすることを条件として日本人客をラス・ヴェガスに無料招待し、信用によって賭博をさせるという行為は、我が国の国民の倫理感に反するものであって、社会的非難が強いものであるばかりか、外為法違反その他の犯罪を誘発するものであり、このような契約にネヴァダ州法を適用して我が国においてもそれが私法上有効であるとし、日本人客に賭金債務の弁済義務があるとすることは、賭博行為にかかわる契約を広く無効としている我が国の法秩序を著しく害するものである。

したがって、これらの契約については、法例(平成元年法律第二七号による改正前のもの。以下、同じ。)三〇条の規定を適用して、ネヴァダ州法の適用を排除して日本法を適用すべきであり、前記のとおり公序良俗及び強行法規に違反するものとしてこれを無効とすべきである。

4  結論

以上のとおりであるから、原告は、日本人客に対して賭金債権を取得したものとはいえないのであって、賭客から回収された金銭又はトラベラーズ・チェック、それが化体した預金債権又は小切手についてなんらの権利も有しなかったものであり、また、訴外奥田、同吉本、同米内山又は同ユニバーサルに対してその返還を求めることもできなかったものというべきである。

四  抗弁事実に対する原告の認否

1  抗弁1(本件各契約についての準拠法)の事実中、訴外奥田が原告の代理人として日本人客との間で被告主張のような契約(とりわけ賭金の貸付予約)を締結したことは否認し、その余の主張は争う。

もっとも、原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の日本国内における賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる契約についての準拠法は、当事者の黙示の指定によって、契約の履行地等の法である日本法となるものと解すべきである。

2  同2(本件各契約の公序良俗違反による無効)及び3(公序条項の適用によるネヴァダ州法の適用の排除)の主張は、いずれも争う。

日本人客が原告の経営するホテルのカジノで行った賭博は、ネヴァダ州法並びに同州賭博委員会及び賭博管理局の規則の規制と州賭博管理局の管理の下に行われている公認のものであって、我が国における競輪や競馬となんら異なるところはない。さらに、ネヴァダ州賭博管理局規則は、賭博免許保持者が行うジャンケットを制度として認めたうえで、賭博免許保持者に信用調査の懈怠、債権回収の不能、その他の非違行為があったような場合には、賭博免許を取り消すものとするなどして、これをその厳重な管理の下に置いている。

また、私法上の契約は、それが外為法に違反するものであっても、その故になんら効力を妨げられるものでないことは、既に確定した法理であるうえ、日本国は、昭和三九年四月に加盟した経済協力開発機構条約(昭和三九年条約第七号)の「資本移動の自由化に関する規約」(昭和四一年外務省告示第一五二号)によって、米国を含む右条約の加盟国に対し、居住者が右条約加盟国の居住者との間において各加盟国が国内法によって公認する適法な賭博につき自由に契約を締結し、これによって生じた債権・債務の精算のための支払いについても、勝金(winnings)に関する限りでは、これを自由とすべき義務を負っていたものである。

これらの事情に照らすと、ジャンケットに関する原告と日本人客との間の契約又は日本国内における賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の契約が公序良俗又は強行法規に違反して無効であるとか、法例三〇条の規定を適用してこれらの契約についてのネヴァダ州法の適用を排除すべき場合であるとはいえないことが明らかである。

第三  証拠関係<消略>

理由

第一基本的事実関係及び本件小切手等の押収等をめぐる法律関係

一請求原因1(原告の業務とジャンケット)の事実中、原告が米国ネヴァダ州法に基づいて設立された会社であって、その業務内容が原告主張のとおりであること、同2(日本人客によるジャンケットと賭金債権の回収)の事実中、原告が日本人客によるジャンケットを行うことを計画し、訴外奥田にその協力を求めて、訴外奥田からその承諾を得たこと、訴外奥田らが昭和五〇年四月頃までの間に知己、友人等を勧誘して多数回にわたって日本人客によるジャンケットを実施したこと、原告が日本人のジャンケット客に対して帰国後に日本で円貨によって返済してもよいとの条件で原告主張のような方法によって信用で賭博をさせたこと、訴外奥田、同吉本、同米内山及び同ユニバーサルがジャンケットに参加した日本人客からその帰国後に日本国内において賭金債権の回収として現金等で集金し、これを保管し又は預金するなどしていたこと、訴外奥田、同吉本及び同米内山らが原告主張のような容疑によって検挙されたこと並びに請求原因3(賭金債権の回収金の押収と国庫帰属)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、請求原因1及び2のその余の事実は、<書証番号略>、証人ウイリアム・エス・ワインバーガーの証言及び訴え取下前の被告吉本英雄本人尋問の結果によっていずれもこれを認めることができる。

二そして、これらの基本的事実関係のうち、先ず、本件小切手等の押収をめぐる法律関係について、ここで検討することとする。

検察官等の捜査機関は、所有者、所持者又は保管者が任意に提出した物を領置する権限を有し、事件が終結したときその他留置の必要がなくなったときは、これを還付しなければならない(刑事訴訟法二二一条、二二二条一項によって準用される一二三条一項)が、この押収物の還付は、押収物に対する国の占有を解いて占有状態の原状回復をはかるものであって、被押収者が自らへの還付請求権を放棄したときなど原状を回復する必要がない場合を除いては、被押収者に対してなされなければならない。また、右の例外的な場合においては、捜査機関は、所有者その他当該押収物の引渡請求権を持つことが明らかな者などに対して還付することも許容されるが、捜査機関において実体的な権利関係を確定することが容易ではないことも多く、刑事手続上それを確定するための手続も設けられていないのであるから、この場合においても、捜査機関は右のような措置をとることも許容されるというにとどまるものであって、常に実体上の権利者を確定して、その者に還付しなければならないというものではないことはいうまでもない。そして、押収物の還付を受けるべき者の所在不明その他の理由によって押収物を還付することができない場合においては、押収関係がそのまま継続するものとするのは相当ではないところから、刑事訴訟法は、捜査機関がその旨を公告し、六か月以内に正当な権限を有する者から還付の請求がないときは、当該押収物は国庫に帰属するものとしているのである(同法四九九条)。このように、押収及び還付は、国による被押収者からの占有の取得とその原状回復をめぐる法律関係であって、私法上の実体的な権利関係とは無関係に進められ、そこに実体上の権利者が関与する余地はなく、また、本来それによって実体的な権利関係が確定したりその変動を来す余地はないはずのものであるから、捜査機関が押収物を還付することができないとしてその還付公告をし、六か月以内に還付の請求がなかったことによって、当該押収物が形式的には国庫に帰属することになったとしても、当該押収物について実体上の権利を有する者は、これによって被った損失につき、国に対して不当利得の返還請求をすることができるものというべきであるし、また、被押収者が押収物について自らが所有者であるとして所有権放棄の意思表示をしたとしても、これによって真実の権利者がその権利を害されるべき理由はなく、したがって、捜査機関が所有権が放棄された押収物又は還付不能として還付公告を経た押収物について、廃棄、売却、歳入編入等の処分をしたときには、真実の権利者は、国に生じた利得があるときにはその返還請求をすることを妨げられないし、その過程において捜査機関に故意又は過失があったときには、損害賠償の請求をすることができるものと解するのが相当である。

三ところで、被告は、本件小切手等は、その任意提出当時において訴外奥田、同吉本、同米内山又は同ユニバーサルに帰属していたものであって、訴外奥田、同吉本、及び同米内山がした所有権放棄の意思表示によって正当に国庫に帰属したものであると主張し、同人らが本件小切手等の任意提出に際して検察官に対して所有権放棄書を提出し又は任意提出書に「私はいりません。」との記載をしていることは、前記のとおり、当事者間に争いがないところである。

そして、刑事手続における証拠物の任意提出又は押収に際して被押収者がその任意に基づく処分として捜査機関等に対して所有権放棄書を提出することが広く行われており、それが当該押収物について処分権限を有する者によってなされる限り、その効力を否定すべき理由はなく、これによって当該押収物は無主物となり、検察官等の官庁による先占によって国庫に帰属することになるものと解することができる。

しかしながら、被押収者から右のような所有権放棄書の提出を徴する取扱いが行われるのは、実際上は無価値に等しいものであって、還付手続によって被押収者に還付するまでもないと認められるもの、被押収者に還付するのが相当ではないと認められる犯罪供用物件、生成物件、報酬等で、没収の裁判の言渡しのなかったもの、不起訴処分によって終局したため、没収の裁判を求められなかったものなどについてであるのが通常であって、額面合計二億円に近い小切手、トラベラーズ・チェック及び現金について公訴の提起ないし刑事判決の言渡し・確定前に右のような取扱いが行われることは極めて異例に属するものであるうえ、<書証番号略>、証人福田彊の証言並びに訴え取下前の被告吉本英雄本人尋問の結果によれば、検察官は、訴外奥田、同吉本及び同米内山から本件小切手等の任意提出を受けるに先立つ昭和五〇年一一月一一日頃、賭金債権の回収金が原告に帰属することを前提として、当時原告の代理人として交渉に当たっていた弁護士福田彊を介して、原告に対して、その所有権を放棄するように働きかけたが、原告は、これを拒否したものであること、他方、訴外奥田、同吉本及び同米内山は、本件小切手等を任意提出するに際して、原告の右のような意向を十分に知り、また、取調べの過程における検察官の説明等によって、原告と日本人客との間のジャンケットに関する契約若しくは原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の日本国内における賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる契約が公序良俗に違反した無効なものであるかどうかという問題があることを十分に認識していたものであって、当時、本件小切手等が原告に帰属するものであるか又は訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルに帰属するものであるかについて一義的かつ明確な認識を持つことができない状況にあったものであること、本件小切手等を任意提出した提出者の一部は、押収事由が消滅したときには原告に還付されたいとの留保を付したうえで検察官に所有権放棄書を提出したものであり、また、他の一部の提出者は、任意提出書に単に「私はいりません。」と記載したに過ぎないものであることが認められるのであって、これらの事情に照らすと、本件小切手等の右各任意提出者は、これによってその字義どおりに本件小切手等の所有権を放棄したものではなく、単に本件小切手等についての自らへの還付請求権を放棄したに過ぎないものであると解するのが相当である。

したがって、本件小切手等が任意提出者の所有権放棄と検察官の無主物先占によって国庫に帰属するに至ったとする被告の主張は、任意提出時において本件小切手等がいずれに帰属していたものであるかを問題とするまでもなく、理由がないものというべきてある。

四そうすると、本件小切手等のうち、訴外奥田が昭和五一年一一月一三日に任意提出した現金五九五六万五〇四五円を除くその余の各押収品については、検察官が同年三月四日にした押収物還付公告と六か月の還付公告期間の経過によって国庫に帰属するに至ったものというべきであり(なお、本件においては、原告が還付公告期間中に検察官に対して還付の請求をしたことは前記のとおりであるけれども、刑事訴訟法四九九条の定める押収物の還付公告は、本来、還付を受けるべき者の所在が判らないため又はその他の事由によって押収物を還付することができない場合において、還付を受けるべき者を捜索し、所定の期間内に還付を受けるべき者から還付の請求がないときに押収物を国庫に帰属させるための制度であって、還付を受けるべき者が予め還付請求権を放棄しているような場合において、還付を受けるべき者以外の所有者等の権利者を捜索するためのものではないのであるから、還付公告期間中にこれらの者から還付の請求があってもこれに還付することは許されず、ただ、右期間の経過後においては、同期間内に還付の請求をした者に限って、権利関係を確認したうえで、還付することも許されるというにとどまるものであって、原告が還付公告期間中に還付の請求をしたことによって、本件小切手等の国庫への帰属が妨げられるものではない。)、また、訴外奥田が昭和五一年一一月一三日に任意提出した右現金五九五六万五〇四五円(これについては押収物還付公告がなされていない。)については、検察官が昭和五二年三月一一日にした歳入編入処分によって国の一般財産と混和して、国庫に帰属するに至ったものと解するのが相当である。

本件小切手等が国庫に帰属するに至ったのは、以上のような経過によるものであるから、原告が本件小切手等について実体上の権利を有するものとすれば、原告は、これによって被った損失につき国に対して不当利得の返還請求をすることができ、また、その過程において検察官に故意又は過失があったときには、損害賠償の請求をすることができるものと解されることになる(なお、以上のような本件小切手等の国庫への帰属及びこれをめぐっての原告の不当利得の返還請求又は不法行為による損害賠償請求については、その準拠法が日本法であることはいうまでもない。)。

第二本件小切手等についての原告の権利関係

一本件各契約についての準拠法について

そこで、原告と日本人客又は訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間におけるジャンケットに関する契約についての準拠法について検討すると、これについてはいずれも当事者の明示の指定がなかったことは当事者間に争いがないのであるから、法例七条一項の規定の趣旨に従い、当該契約の内容及び性質、契約の当事者、契約の目的物、契約の締結地、債務の履行地等の具体的事情を総合考慮して、当事者の意思に最もよく適合すると考えられる法をその準拠法として選定すべきところである。

先ず、<書証番号略>及び証人ウイリアム・エス・ワインバーガーの証言によれば、英国普通法を継受して賭博については「一七一一年制定のアン女王の制定法」を基本法とするネヴァダ州においては、賭博は一般的に違法とされ、それによって生じた債権、債務は無効であって、裁判所に出訴することはできない(unenforceable)ものとされてきたが、ネヴァダ州議会は、一九三一年に右アン女王制定法の例外として免許と州の管理を条件として特定の賭博を公認することとし、ネヴァダ州賭博管理法を制定したこと、右法律は、公認賭博より発生する債権、債務を有効であるとはしたものの、これについて裁判所に出訴することができるかどうかについては、明示の規定を設けていなかったところ、ネヴァダ州最高裁判所は、一九五一年にこの点については前記アン女王の制定法は未だ変更されていないものと判示し、それ以来、ネヴァダ州賭博管理法の下においてもそのとおりに解釈されてきた(もっとも、ネヴァダ州議会は、一九八三年に法律を改正して、同年六月一日以降の公認賭博による債権については、裁判所に出訴してその判決に基づいて強制執行をすることができるものとした。)こと、ネヴァダ州賭博管理法及びこれに基づくネヴァダ州賭博委員会及び賭博管理局の規則は、賭博の種類、器具、方法、主宰者、従業員、賭博場の所在地等について詳細な定めを置き、これらの規制についての違反者に対する刑罰並びに免許の停止及び取消し等の行政処分について定めていること、ネヴァダ州賭博委員会及び賭博管理局の規則は、これらの定めの一環として、それが州財政上有益であるとして、その厳重な管理の下に賭博免許保持者がジャンケットを主宰することを公認して、これに関する詳細な定めを置き、ジャンケットと認められるための要件、信用供与のための方法、ジャンケットの企画・実行、賭金債権の回収等の業務に責任を持ち、その全部又は一部の業務を州外で直接的又は間接的に行うジャンケット代表者の権限と義務、賭博免許保持者及びジャンケット代表者の賭博管理局に対する各種の報告義務、ジャンケットによる賭金債権の譲渡及び回収方法等について定めており、賭博管理局は、その運用においても、賭博免許保持者に信用調査の懈怠、債権回収の不能、その他の非違行為があったような場合には、賭博免許を取り消すなどの措置を採ることになっていること、そして、ジャンケット代表者に登録された訴外奥田の勧誘等によってジャンケットに参加した日本人客は、もとより信用によって賭博を行うことを予定してこれに参加した者がほとんどではあったが、具体的には現地に臨んで主としてトランプを使用するバカラ(baccarat)等の賭博を行い、チップの購入代金が不足したときには、その都度マーカーに署名して原告から希望する額のチップの交付を受け、これによって信用で賭博をしていたものであって、被告の主張するように訴外奥田との間において具体的な債権、債務の内容を定めた包括的な賭博ツアー契約ともいうべき契約を日本国内において締結したり、予め日本国内において賭金の貸付予約をしていたというものではなかったことなどの各事実が認められるのであって、これらの事実に照らすと、原告及び日本人客は、賭金債務の発生原因たる契約関係については、その要件及び効果については専ら右のようなネヴァダ州賭博委員会及び賭博管理局の規則の定めるところに準拠し、その規制に服する意思であったものと推定するのが相当であって、原告と日本人客との間のジャンケットに関する契約についての準拠法は、ネヴァダ州法であるものとすることが当事者の意思に最もよく適合するものというべきである。

そして、日本人客の原告に対する賭金債務の発生原因たるジャンケットに関する契約関係は、以上にみたようなネヴァダ州法に照らして、有効に成立したものということができ、原告は、これによって、日本人客に対して賭金債権を有効に取得し、ただ、それを訴求して裁判所に出訴し、その判決に基づいて強制執行をすることはできないにとどまるものと解するのが相当である。

他方、原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の日本国内における賭金債権の回収ないし回収金の保管にかかる契約についての準拠法は、当事者の黙示の指定によって、日本人客の居住地、賭金債務の履行地、契約の履行地等の法である日本法であるものと解するのが相当である(原告及び被告は、いずれも、原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の右契約の準拠法が日本法であることについては、争わないところである。)。

二公序条項の適用によるネヴァダ州法の適用の排除及び賭金債権の回収ないし回収金の保管に関する契約の公序良俗違反による無効の主張について

次に被告は、公序条項の適用によってネヴァダ州法の適用は排除されるべきであり、また、賭金債権の回収ないし回収金の保管に関する契約は公序良俗に違反して無効であると主張するので、これについて検討すると、先ず、法例三〇条の規定の法意は、国際私法の一般原則によって外国法を適用した結果によって我が国の私法的社会秩序が著しく害されるような場合において、一定の限度でその適用を排除しようというものであるから、当該外国法の適用を排除すべきか否かについては、当該事案の内国関連性及び当該外国法の我が国の私法秩序に与える影響などを総合考慮して決すべきところである。

そして、被告の主張するように本件事案を日本人客がラス・ヴェガスにおいて我が国で行われれば犯罪を構成するような種類の賭博を信用によって行うことができ、それによって負担した債務は帰国後に日本国内において円貨で支払えばよいものとすることによって我が国の外為法の規制を潜脱しようとするものであるとして捉えるときには、いかにも我が国の法秩序に対して著しい衝撃となるものであるとの印象を与えることを否定できない。

しかしながら、原告と日本人客との間におけるジャンケットにかかる契約の目的とされた賭博ないし日本人客が原告の経営するホテルのカジノで行った賭博は、先にみたとおり、一般的には賭博を違法としてこれを禁止する法制の下における例外として、主宰者を賭博免許保持者に限定したうえで、ネヴァダ州法並びに同州賭博委員会及び賭博管理局の規則の規制と州賭博管理局の管理の下に行われている公認のものであって(その意味では、これを我が国における競輪、競馬等の公営賭博に類比して考えることもできないわけではない。)、そこでは公正の確保、弊害の防止及び財源の確保の観点から賭博の種類、方法、主宰者、従業員等について厳重な管理がなされており、日本人が彼地において円貨をもって返済するとの約束の下に信用によって賭博を行うこと自体は、私法上、公法上又は刑事法上、これを違法とする理由は全くない(貿易外取引の管理に関する省令(昭和三八年大蔵省令第五八号)三条、別表第一三(その他の債権)一のイ参照)。そして、確かに、原告と日本人客との間のジャンケットに関する契約は、公認賭博の主宰者自身が賭客に信用によって賭博をすることを認める点において顕著な特色を有するけれども、これによって生じた債務については、債権者は、それを訴求して裁判所に出訴し、その判決に基づいて強制執行をすることができないものとされていて、我が国における自然債務と同様の弱い効力を持つに過ぎないものとされているのであり、また、公認賭博の主宰者自身が信用を供与するという点も、非違行為等による賭博免許の取消し等を含む州賭博管理局による管理を実効あらしめるのに役立つということもでき、第三者による信用の供与よりもかえって弊害が少ないとみることもできる。

また、およそ公序条項を適用して外国法の適用を排除すべきかどうかは、当該外国法の内容自体が内国の法秩序と相容れないかどうかということではなく、当該外国法を適用して当該請求又は抗弁を認容し又は排斥することが内国の社会生活の秩序を害することになるかどうかによって決すべきものであると解すべきところ、本件におけるいわゆる本問題は、原告の日本人客に対する賭金債権の請求権の存否でもなければ、原告の賭金債権の回収業務の受託者に対する回収金の返還請求権の存否でもなく、既に日本人客が任意に回収業務の受託者に支払った賭金債務の弁済金又はそれを化体した小切手等が前記のような経緯によって国庫に帰属したことによって原告が被った損失ないし損害について、原告が被告に対して不当利得の返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権を有するかどうかなのであって、そのような意味においては、原告と日本人客との間の信用による賭博にかかる前記のような契約関係は、内国社会との牽連関係において間接的かつ希薄であるものといわなければならない。

さらに、原告と日本人客又は訴外吉本、同奥田、同米内山若しくは同ユニバーサルとの間のジャンケットに関する契約が我が国の外為法の規制を潜脱することを目的とするものであるとの被告の主張についても、ジャンケットは、前記のとおり、もともとネヴァダ州が州財政上有益であるとして州外の賭客を対象として設けていた制度であって、我が国の為替管理制度を潜脱するために殊更に案出され実施されたものではないことはもとよりいうまでもなく、また、原告が日本人客に対して有効に賭金債権を取得したものであるという前提に立って判断する以上は、必ずしもこの種の取引による債務の弁済のための支払いについておよそ事前又は事後の許可が付与される余地のないものであったと解することもできないのであって、原告と日本人客又は訴外吉本、同奥田、同米内山若しくは同ユニバーサルとの間において締結された前記のようなジャンケットに関する契約が当然に外為法違反の行為を随伴し又はそれ自体を契約の目的とするものであるということもできない。そして、いずれにしても、外為法、外為令による法規制は、本来自由であるべき対外取引を外国為替政策上の見地から過渡期的に制限する取締法規に過ぎないのであるから、我が国の私法的社会秩序の根本理念とはかかわりが少なく、これに違反して締結された契約も私法上は有効であると解される(最高裁判所昭和四〇年一二月二三日第一小法廷判決・民集一九巻九号二三〇六頁、同昭和五〇年七月一五日第三小法廷判決・民集二九巻六号一〇二九頁)ところである。

そして、以上のような事情や原告所論の経済協力開発機構の「資本移動の自由化に関する規約」の趣旨に照らしても、本件においては、法例三〇条の規定により公序条項を適用して原告と日本人客との間のジャンケットに関する契約につきネヴァダ州法の適用を排除すべき場合に当たるとはいえないし、原告と訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルとの間の賭金債権の回収ないし回収金の保管に関する契約が公序良俗に違反して無効であるとすることもできないものと解するのが相当である。

三賭金債権の回収金の保管をめぐる法律関係について

訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルが原告から賭金債権の回収の依頼を受けて日本人客から現金及びトラベラーズ・チェックを回収し、また、その回収金を銀行口座に預け入れるなどして他の金銭と分別して暫定的にこれを保管することを内容とする契約を締結して、回収金を銀行口座に預け入れるなどして保管していたこと、訴外吉本、同奥田又は同米内山が検察官の求めに応じて右トラベラーズ・チェック、銀行口座から払戻しを受けた現金又は小切手を証拠品として検察官に任意提出し、検察官がこれらの本件小切手等を領置したことは、先に説示したとおりである。

そして、<書証番号略>及び訴え取下前の被告吉本英雄本人尋問の結果によれば、原告は、日本人客からの回収金の海外送金を受けることが困難であるとすれば、日本国内においてこれを運用することを考え、国債又は株式の購入、原告の子会社の設立等の回収金の運用方法を検討することとし、それが具体化するまでの差し当たっての暫定的な措置としてこれを訴外吉本等に保管させることとしたものであったが、その具体化をみるまでに外為法違反等の被疑事件の検挙等に至って、そのままとなったものであること、訴外吉本又は同奥田は、この間、原告との予めの合意又は原告からのその都度の指示等に基づいて日本人客からの回収金の中から通信費、原告の代表者等が日本を訪問した際の費用、その他のジャンケットの企画、実施等に要した費用、訴外吉本のための報酬等を支弁し、あるいは、原告の具体的な指示に基づく支出に充てるなどはしたものの、他の金銭とは分別して預金口座に預け入れるなどして保管していたこと、訴外吉本、同奥田、同米内山は、収受した回収金の明細、時々の預金口座残高等を原告に報告していたことの各事実を認めることができる。

これらの事実に照らすと、原告が訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルに日本人客からの賭金債権の回収金の保管を委ねた趣旨は、同人らがこれを特定物(封金)として保管することを目的とするものではなかったことはいうまでもないが、他方、同人らがこれを自己の財産に取り込んで自由に費消してもよく、原告に対しては単に一般的な金銭債務を負うに過ぎないとするものではなかったことも明らかであって、ここでは、原告は、同人らが日本人客からの回収金と同額の金額(価値)を計算上は自己の財産とは区別し、これを価値として特定性・同一性のあるものとして保管すべきものとし、これを自己のために費消してはならず、契約関係の終了時においてはこれを引き渡すべきものとして、同人らに保管を委ねたものと解するのが相当である。

もっとも、金銭は、封金として保管を委ねたような場合など特別の場合を除いては、物としての個性を有せず、単なる価値そのものであって、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権は、特段の事情がない限り、それを占有する者に帰属するものというべきであり、本件においても、日本人客から回収された賭金債権の回収金の所有権は、その時点においては各回収者に帰属したうえ、その占有の移転に伴って移転し、あるいは、預金債権又は小切手に化体してその預入人又は所持人に移転し、最終的には本件小切手等となって、その各任意提出・領置時においては、いずれも各提出者・被押収者に属していたものというべきである。

しかし、他方では、訴外吉本、同奥田又は同米内山は、前記認定のとおり、原告との約旨に従って、これらの回収金と同額の金額をそれぞれ銀行口座に預金するなどして、計算上自己の財産とは区別し、価値として特定性・同一性のあるものとして原告のためにこれを保管していたものということができる(検察官も、同人らの回収した回収金と本件小切手等とが価値として特定性・同一性があると認めたからこそ、その任意提出を受けてこれを領置したものである。)のであり、したがって、原告は、同人らに対して、同人らが回収金又はそれと価値として特定性・同一性のあるものとしてそれぞれ保管していたトラベラーズ・チェック、銀行預金又は小切手、最終的には本件小切手等の引渡しを求める権利を有していたものというべきであって、単にこれらと同額の金銭債権を有する一般債権者の地位にとどまるものではなかったものということができる。

第三不当利得返還請求権の成否

一本件小切手等のうち、訴外奥田が昭和五一年一一月一三日に任意提出した現金五九五六万五〇四五円を除くその余の各押収品については、検察官が同年三月四日にした押収物還付公告と六か月の還付公告期間の経過によって国庫に帰属し、また、右現金五九五六万五〇四五円については、検察官が昭和五二年三月一一日にした歳入編入処分によって国の一般財産と混和して国庫に帰属するに至ったものであることは、先に説示したとおりであって、被告は、これによって右現金並びに小切手及びトラベラーズ・チェックの換金額の合計一億九〇四〇万六八〇六円を利得したものであり、被告による右の利得が押収物たる本件小切手等について実体上の権利を有する者に対する関係においては、法律上の原因を欠くものといわざるを得ないことも、先に明らかにしたとおりである。

そして、原告は、前記のとおり、訴外吉本、同奥田又は同米内山が賭金債権の回収金と価値として特定性・同一性のあるものとして原告のために保管していた本件小切手等の引渡しを同人らに対して請求できる権利を有していたものであり、それが国家に帰属してしまったものである以上は、これによって右と同額の一億九〇四〇万六八〇六円の損失を被ったものということができ、社会通念上、原告に帰属すべき金銭によって被告に利得が生じたと認めるに足りる連結があるということができるから、原告の右損失と被告の右利得との間には不当利得返還請求権の成立に必要な因果関係があるものと解することができ、この場合において、原告が訴外吉本、同奥田、同米内山又は同ユニバーサルに対して他になんらかの金銭債権を残しているかどうか又はその行使が可能であるかどうかは、右不当利得返還請求権の成否にとって必ずしも重要ではない。

したがって、被告は、原告に対して、右不当利得一億九〇四〇万六八〇六円を返還すべき義務があることになる。

二また、前記のような一連の経緯によれば、被告は、悪意の受益者というべきであるから、原告に対して、最後の歳入編入処分をした日である昭和五二年三月一一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による利息を支払う義務があることになる。

第四結論

以上によれば、不当利得金一億九〇四〇万六八〇六円の返還及びこれに対する昭和五二年三月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による利息の支払いを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、仮執行及びその免脱の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村上敬一 裁判官中山顕裕 裁判官岡部豪)

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